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日々のまにまに。私事。ペンペルの詩。福島12市町村。

「のまたん」 南相馬市 福島12市町村 その1


「本当の空の物語」〜福島と云う藝術〜


2022年秋、

私の中で2つの出来事が同時に始まりました。

ですので、

「これからの私と福島の未来創造の関わり」を

このコーナーで話していこうと思うのです。

「本当の空の物語 福島という芸術」

 

今日また、「ゆるキャラ」の話に戻ろうと思います。

 

ふくしま12市町村の

「ゆるキャラ」を紹介してきているのですが、

これまでは、

 

浪江町の「うけどん」

川俣町の「お手姫様」

そして、双葉町の「フタバくん」

を紹介しました。

 

覚えていますか?

 

今日は、

南相馬市の「のまたん」

を紹介したいと思います。

 

 

「のまたん」は仔馬をモチーフにしています。

 

身体は黄色、

そして、

たてがみと尻尾は水色です。

 

黄緑のかぶとをかぶっています。

そして、

そこには魚の紋章が付いています。

 

服は空色で青の帯をしています。

 

かぶとの黄緑は豊かな自然の恵みを表現していています。

紋章となっている魚は、サケだそうです。

サケは必ず生まれた場所(ふるさと)に帰ると云われているところから、

サケが紋章に使われているそうです。

 

水色のたてがみや尻尾は、清らかな 川を、

空色の浴衣は 空を、

青い帯は 海を

表しているそうです。

 

「のまたん」はとっても優しく、

元気で明るい男の仔馬です。

そして、

「のまたん」は相馬の野馬追に出場するのを夢見ている、

と云うことです。

 

でました、野馬追。

これがまた凄いみたいです。

 

野馬追、調べてみました。

 

相馬の野馬追(のまおい)というそうです。

 

相馬の野馬追いは、

福島県の相馬地方で3日間にわたって行われる祭典で、

国の重要無形民俗文化財に指定されているそうです。

 

今から1千年以上も昔、

時代は、平将門の時代だそうです。

平安時代中期です。

 

相馬氏の遠祖とされる平将門が野馬を敵兵に見立てて軍事演習を行ったそうです。

それがもとになっているという相馬の野馬追いは、

地域の平和と安寧を祈る神事として今に受け継がれているそうです。

 

約400騎の騎馬武者が甲冑をまとって、

太刀をとつけ、

先祖伝来の旗をなびかせて

威風堂々、

豪華絢爛な

時代絵巻を繰り広げる

ということです。

僕が興味を惹かれるところは、

国の重要無形民俗文化財というところです。


保呂羽山波宇志別神社の「霜月神楽」も

国の重要無形民俗文化財に指定されています。


伝統的に受け継がれてきているというものは、

とても感銘を受けます。


そして、野馬。
馬は、本物は、牧場とかでしか見たことがないのですが、

綺麗で好きです。

 

学生の頃、友人がよく競馬に通っていました。

僕は全く興味が無かったので、

友人に競馬、そんなに楽しいの?

と聞くと、

友人は、馬が走っている姿って本当に綺麗なんだよ

と、教えてくれました。

 

ぼくは、競馬といえば、

ギャンブルといったイメージしか無かったので、

この友人の話を聞いて、

考えを改めました。


お馬さんは、葉っぱしか食べてないのに

あんなに速く走るんだな、

とよく思います。


私の父も、流鏑馬をやっていた。

という話しを聞いたことがあります。

馬に乗って、弓を打つ伝統競技?

です。

 

私の父も

今思えば少し変わり者で、

建築家だったのですが、

庭に弓道の的をつくり、

家の庭からでて、

その前の道路をこえて、

道路の向こう側から

弓を打っていました。

 

今考えれば、ちょっと変わってますよね。

そして、平将門ですね。

驚きました。
相馬氏が平将門の子孫に当たるそうです。


私は以前、飯田橋に通っていた時期があるのですが、

数ヶ月に一度、散歩をしてました。

東京大神宮から幾つか神社をまわり、

皇居をかすめて、

最後は、

将門の首塚に行くのが、

お決まりのルートでした。

将門の首塚ですが、

平将門の乱という戦があります。

 

私事で始まった戦いなのですが、

瞬く間に関東八カ国を攻撃し各国府を追放していったため、

国家反逆の戦いになりました。

当時の朝廷と対立するようになりました。

 

そして、

平将門は、戦いに敗れるのですが、

将門の身体は、

現在の茨城県坂東市に埋葬されましたが、

首は平安京に運ばれ、

都大路の河原にさらされたそうです。

 

しかし、首は腐りもせず、

目を見開き

「胴体と首をつないでもう一戦しよう」

と、夜な夜な叫んだ、

と云われています。

 

そして、

3日目に首は胴体を求めて夜空に舞い上がり、

故郷の東国に向って飛んでゆき、

数カ所に落ちたとされ、

その1つがこの大手町の首塚の場所、

だそうです。

ここで福島12市町村、

「のまたん」で、

将門公とつながるとは、

思いませんでした。

 

つづく。

 

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